外国語習得法講座 その5
インプットの重要性―多読・多聴の効果
2. 多読について
前章に挙げたカトー・ロンブは、本の虫とも呼べる程本が大好きで、外国語学習における「読書」の重要さを強く主張しており、「外国語学習を始めた最初の日から、学習計画に読書を盛り組むことを恐れないこと」(ロンブ1981,p.74)と本の中で述べているくらいです。彼女は本の中で、彼女が外国語を習得できたのは本のおかげだと力説しています。彼女はたくさんの読書、つまり「多読」をすることによって、「文法の内在化」を成功させたのです。
また彼女は「本は、文法を教えてくれるだけでなく、語彙拡充(かくじゅう)、語彙学習一般にとって、最も堅実な手段である」(ロンブ1981,p.79)とも述べており、語彙を増やすには、読書が最適だということを、以下のように述べています。
「いずれかの外国語で、すでにこの数の単語(2〜3万の基本的語彙の50〜60%)を獲得してしまっている人は自問してみると良いでしょう。「一体、このかなりの数にのぼる語彙の何パーセントを《合法的方法》(すなわち、辞書でその単語を見つけたとか、誰かにその単語の意味を説明してもらった)で身に付けただろうか?」と。すると明らかになるはずです。取るに足らぬ部分であることが。大部分の単語は、書物の中から《ひとりでに》やって来たのです。辞書や教科書や教師などよりはるかに快適な読書を通して。」(ロンブ1981,p.80)
カトー・ロンブの言う通り、我たちが外国語を学ぶ際に使用する教科書や文法書、問題集などから覚えられる単語は数限られています。残念ながら、日常的な会話をするのにもあまり十分と言える量ではありません。私は普段語彙を増やす際には、効率がいいので単語帳を愛用していますが、やはり、しっかり語彙を頭に定着させたいのなら、読書が一番効果的な方法だと思います。私でも読書を通して覚えた単語は数知れません。読書を通して覚えた単語は、単語単独で覚えるわけではなく、ストーリーと一緒になった「塊」として覚えられるため忘れにくいのです。
また、カトー・ロンブ以外の人々も、外国語学習には読書が効果的であることを述べています。埼玉大学教養学部教授の奥本大三郎も、
「初めての語学を学ぶときに、自分の本当に好きなことが書いてある本を読むというのは悪くない方法であると思われる。」(現代新書編集部編1992,p.94)
と述べているし、翻訳家の柳瀬尚紀も、読書によって自分の英語力が伸びたことを以下のように述べています。
「自分にとって、いつごろから英語が言葉になったのかと考えると、大学へ入ってしばらくたってから、そう、ジョージ・オーウェルの『一九八四』をペンギン版で一晩徹夜して読んだ、あの頃でしょう。それまでペンギン版の小説にあれこれ手を出して、どれも結局は数ページで挫折してたんですが、ある日、この一冊は読み始めたらやめられなくなって、気がつくと朝になっていた。この、一冊を読み切った、ということがすごい自信になった。やっと英語が言葉として近づいてきたという感じ、その手ごたえがありました。」(安原編1994,p.18)
読書をする際、「文法が全て分かってからじゃないと読みたくない」という人もいるかもしれません。実際、なかなか読みにくい外国語の文は、時として苦痛の種になります。しかし、語学の達人たちの中には、完全には文法が分かっていない時から読書を始め、それによって語学力を伸ばし、最終的には読書、多読のおかげでその言語をマスターした人々も多いのです。例えば、音楽評論家の石井宏はこう述べています。
「私がやったことは、フランスの小説の訳書を読むときに、先生から原著を借りて、一行ごとに(意味がわかってもわからなくても)和文と仏文を両方とも読むことだった。動詞の変化もロクに知らない学生がいきなり小説を読むのだから大変である。とはいえ、いちいち辞書を引いていては夜が明けてしまうから、わからない言葉だらけのまま読む。読んでいるうちに同じ言葉が出てくる。何回も出てくると、辞書を引かないうちに意味が見えてくることもある。(中略)以後、つまらない授業には出ないことにしてフランス語のめちゃ読みをやって二学期を過ごした。」(安原編1994,p.83)
彼のように、基礎文法力がなくても読書を開始することによって語学力を伸ばす方法は、実際カトー・ロンブもよくやっていた方法で、短期間で語学を習得するには大変いい方法です。フラメンコ舞踊家の小島章司もフラメンコ修業中、スペイン語を学ぶ時にこの方法でスペイン語の力を伸ばしています。
「稽古場に行く前にキオスクから新聞を買ってきては、理解できようとできまいと目を通すことを習慣にした。初めは何が書いてあるのかほとんど理解できなかった。が、見出しだけでもと辞書を片手に翻訳しているうちに、ボキャブラリーも増え、なんとなく書いてある記事が理解できるようになった。継続は力なりとはよく言ったものだ。ダンスの修業にも外国語の習得においても近道はない。日々の積み重ねだ。
ある時期を過ぎると言葉も踊りも無理なく私の体になじんでいくのが分かった。」(現代新書編集部編 1992,p.179)
これらの人々が示すように、
読書(多読)は、外国語の習得において大変効果的です。
そして、もちろん1冊読み終わるだけでもかなりの力がつくのですが、1冊より2冊、2冊より3冊読んだ方が実力がつくことは誰もが理解できるでしょう。つまり「多読」です。現在「外国語が出来ない」と嘆いている人々に質問したいです。「あなたは今までに何冊の外国語の本を読み終えましたか?」と。多くの人は、1冊も読み終わったことがないのではないでしょうか。やはり、語学が得意だと言われている人々の殆どは、決して語学の特別な才能があったわけではなく、今までに大変膨大な時間をその言語の学習に費やしてきたから得意になったのです。そして彼らの中には当然、「多くの本を読破してきたから」語学が得意になった人も大変多いのです。だからもし本気で外国語を身につけようと思うなら、簡単な児童書からでもいいから読書を始めてみることです。驚くほどに自分の語学センスが磨かれていくことでしょう。
多読を続けることによって、自分が学習中の外国語を自分の中に大量のインプットをすることが可能になり、カトー・ロンブのように、前章で述べた「文法の内在化」が自分の中に起こってくるのです。初めは一文一文、辞書や文法書と苦戦しながら読んでいた外国語が、次第にどんどん早く読めるようになってくるのです。これは自分の中に文法が内在化された結果だと考えられます。そしてその「文法の内在化」が進めば進むほど、今度は次の段階「言語の内在化」が起こってくるのです。この段階になれば、文法だけではなくその言語の微妙なニュアンスや考え方などが理解できるようになってきて、その言語を総合的に理解できるようになってくるのです。これが私の考えです。
それでは次に、耳から外国語の脳を作る「多聴」について論じたいと思います。
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