外国語習得法講座 その5
インプットの重要性―多読・多聴の効果
3. 多聴について
もう一つのインプットの方法として「多聴」があります。リスニングには「精聴」と「多聴」の二種類があると言われています。
精聴は、その一文一文を細かく聞き取る「質」の聞き方であり、
多聴は、たとえ意味が分からなくても、ただひたすら聞き続ける「量」の聞き方です。
リスニングの練習においては、どちらがいいというものではなく、どちらも欠かせないものです。精聴だけをやっていてはインプットの絶対量が足りないし、多聴だけをやっていては、細かく正確に聞き取る能力が身につきません。しかし、この論文ではインプットの「量」を重視しているので、「多聴」に重点を置いて論じたいと思います。
「多聴」の重要性についても、多読と同様にたくさんの人々が述べています。早稲田大学教授の東後勝明は、多聴についてこのように述べています。
「ジェット機のパイロットの優劣を話す時滞空時間が問題になるのと同様に、どれだけの時間、耳から英語を取り入れたかが大切なポイントになる。とにかく一瞬を惜しんで耳が空いていれば、英語を流し込むことの徹した。これにも反論はある。「わからないのに聞いていても仕方がない」と。私は「それでも聞いたほうがよい」と思っている。わからないからこそ、わかるようになるために聞くのである。聞き方には二通りあり、とにかく音楽かテレビのコマーシャルのように聞き流す、いわゆる多聴と、じっくりとテープを何回も聞き、聞き取ってみるやり方の精聴である。
今でも、イギリス滞在中に録音をしたBBCのテープを毎日お風呂の中とか、食事中などにかけっ放しにして聞いている。このごろでは衛星中継により、本物のニュースが英米から直接入ってくるのでこれを利用すればよい。こちらもテープに収めてウォークマンで文字通り、犬の散歩の時、通勤の電話の中、その他少しの時間でもあれば聞くようにしている。」(現代新書編集部編1992,p.63)
また、共立女子大学文芸学部教授の鹿島茂も、このように述べています。
「「聞く」能力について総じて言えることは、「聞く」総時間が多ければ多いほど、フランス語の理解力は増すということだろう。聞き取りが苦手だという人はこの聞き取りの総時間がまだまだ少ないのだ。」(現代新書編集部編1992,p.77)
私も彼らの意見に賛成です。聞き取りが苦手だと言っている人々は、この「多聴」をしていないように思います。たとえ文法のテストで100点取れたとしても、聞き取りの練習を全くやっていなくては、その人はその言語を聞き取ることは一生できません。話されている文が十分理解できるものだとしてもです。第二章の「学習は「短期集中」」でも述べたとおり、外国語学習において、自分の環境作りが大変重要になってきます。毎日可能な限りその言語を聞く時間を増やす努力をするだけでも、その人の語学力はとても変わってくるでしょう。
現代人は「時間がない時間がない」と言うけれど、実際にはリスニングをする時間を作ろうと思えばいくらでも作れるものです。例えば、一日に平均3時間の通学・通勤時間がある人ならば、その3時間の間ずっとその勉強中の言語のテープやCDを聞くことが可能です。また朝の時間には、NHKの衛星放送で何ヶ国語ものトップニュースを放映しているので、それを毎日見るだけでも、その人の能力は断然違ってくるでしょう。
カトー・ロンブは、彼女が外国語を勉強する際は、ラジオを利用してよく外国のラジオを聞いていたといいます。しかし残念ながら、これは彼女がヨーロッパの中心近いハンガリーに住んでおり、地続きのヨーロッパの地理的条件のおかげで、普通のラジオでも外国のラジオが聞ける環境だったからできることであり、島国の日本ではなかなか真似できない勉強法です。日本では、普通のラジオではいくつかの局を除いて殆ど外国のラジオを聞くことができず、短波ラジオを巧みに使いこなせる人でないと、外国のラジオを聞くことはまず不可能です。
しかし、そんな日本でも、現在では海外のラジオを自由に聞ける時代になったのです。今はインターネットの発達により、この世界は大変小さいものになりました。語学を習得したいなら、そのインターネットの力を大いに使いたいものです。それは
「インターネットラジオ」です。
インターネットラジオとは、その名のごとく、インターネットのサイトを仲介して海外のラジオの電波を受信する方法のことです。多少自分のインターネット環境を整える必要性はありますが、インターネット料金を定額制にすれば、何時間インターネットを利用してラジオを聞いていたとしても、余り高くない投資で済むのです。インターネットラジオのいいところは、まさに世界のどの国の言葉でも聞くことができる点です。英語のラジオは勿論のこと、日本では間違いなく聞けないフランスのラジオも探せば何十もの局を聞くことができます。比較的マイナーな言語、例えばスペインのバルセロナ周辺でしか話されていないカタルーニャ語のラジオ局も、探せばちゃんと聞くことができるのです。これなら、カトー・ロンブが行っていた学習法と全く同じことが日本でも可能です。むしろ、彼女の時代よりずっといい環境に私たちはいるのです。
もし今現在勉強している言語を本当に身につけたいのであれば、その言語のラジオや映画などを可能な限り聞き続けることが重要だと思います。
『目』から入る言語より『耳』から入る言語の方が飲み込みが早い
というのはよく聞く話で、私は、耳から外国語の音を大量にインプットすることによって、自分の中にその「外国語の脳」を作ってしまうやり方を強く勧めます。言い換えるなら、言語そのものを自分の中に内在化してしまう、
「言語の内在化」を多聴のインプットにより起こさせるのです。
「文法の内在化」のメカニズムについては、前章の「真の文法のあり方」で述べましたが、私は、自分の耳から大量に学習中の外国語をインプットすること(多聴)によって、「多読」と同様に、文法のみならずその言語そのものを自分の中に内在化してしまうことが十分可能だと思うのです。もちろんそれは、文法の基礎がしっかり身に付けられていることを前提とします。もし文法を学ばずして、聞くだけでその言語を内在化できると言うのなら、前章の「文法は外国語習得の近道」で取り上げた、大人と子供の言語習得の違いを全く無視した方法になってしまうからです。
多聴による「内在化」に関して、横浜市立大学商学部教授である、ロシア人のセルゲイ・ブラギンスキーは、日本語の発音を練習する際、日本語のテープを聞き続けた経験についてこう述べています。
「発音の訓練は次のようにしておこなった。
まず非常にやさしいテキスト(三年生になっていたが一年生の教科書を使ったことなど)をテープで聞きながら何度も読む。アナウンサーの声の入ったテープを間をあけながら別のテープに録音しなおす。そしてその間に自分の声を吹き込んでみる。一つ一つのフレーズをさらに細かく区切ってやるのだが、吹き込んだあとはアナウンサーの声と自分の声を細かく聞き比べて、何度もやり直して同一の発音になることを目指す。
最初は十フレーズぐらいの簡単なテキストに毎日三〜四時間ずつ三日も四日もかけたことがあった。リンガフォン室にたまたま入ってくる同級生からは、「また一年生になるつもりか」と皮肉られるほどだった。
一〜二ヶ月ほど続けていると、だんだんやりやすくなってきた。さらに、発音が上達した以外にもう一つ意外な効果を発見した。これまでやってきた簡単なテキストは自然にただ頭の中に入っていたばかりでなく、いわば「内在化」されていた。つまり、母国語で考えなくとも必要なときに必要な表現がでてくるようになっていた。」(現代新書編集部編1992,p.230)
彼のリスニングの仕方は、いわゆる「精聴」と呼べるものですが、しかし注目すべきは、彼が毎日3〜4時間日本語を聞き続けたことです。つまり「多聴」です。彼はこの訓練を続けたことによって、最終的には、日本で普通に流れているニュースのアナウンサーと同じペースで声を重ねながら読むことまで出来るようになったのです。今現在彼の日本語の発音は、電話で日本人と間違えられるくらい正確だそうです。彼の例が示す通り、多聴はその「言語の内在化」を助ける非常にいい方法だということが言えるでしょう。
各言語には、その言語の「リズム」というものが存在します。日本語なら日本語の、フランス語ならフランス語のリズムがあります。これはいくらその外国語で書かれた本が読めたとしても、多聴をしない限り身に付かないものです。
多聴を続けていくと、その「リズム」が自分の中に内在化されて、今度自分がしゃべる時もその独特のリズムに合わせて喋れるようになる
というのが、私が経験から学んだことです。これは、前章の「真の文法のあり方」でカトー・ロンブの引用の中に出てきた「調音叉」が、多聴によって鍛えられるからかもしれません。
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