第六話

「先生!今、北村涼子さんの状態が大変危険です。早く来て下さい」
ナースの緊迫した声で、一同一斉に集中治療室に走り出した。治療室では、既に涼子の周りを複数のナースが取り囲んで、慌しく動き回っていた。
「何が起きたんだ!?」「脈は?!」
先生が急いで涼子を調べだす。彼もここまで早く涼子の容態が悪くなるとは思っていなかったようだ。ひどく焦っている。
四角い箱が伝える涼子の生命。心拍数62…51…。
一刻の猶予もない。先生が、急いで涼子に心臓マッサージをやり始めた。
「1、2、3!」「1、2、3!」「1、2、3!!」
先生が力強く涼子の心臓部を両手で押す。しかし、どんなに先生が焦っても、涼子の心臓はどんどん弱まっていく。ナースも必死に涼子に呼びかける。
「北村さん!起きて!!」
「北村さん!だめよ、いっちゃだめ!頑張って!」
涼子の母親は取り乱し、なんとか先生とナースの間に割り込もうとする。しかし、残念ながら今彼女は治療の邪魔だ。慌てて近くのナースが母親を押さえつける。「お母さん、お願いします、下がってください」それを見た父親が急いで母を引き戻した。
「1、2、3!」「1、2、3!」「1、2、3!!」
先生はひと時も止めずにマッサージを繰り返す。しかし…

心拍数42…37…20…ツーーーーーーーーーーーーーーーー。

生態情報モニターで、小さく波打っていた涼子の心臓のラインが、平らになった。
先生はそれでも諦めずに、暫くの間必死にマッサージをやっていたが、1分経った頃、体の力が抜けたように先生も遂にやめた。彼の顔に疲れと苦悩の表情を浮かべていた。彼の服は汗でぐしょぐしょだった。ナースたちも動きが止まってしまった。
声にならない叫び声と共に、母親が倒れこむように泣き崩れた。冷静だった父親も、流石に悲しみのあまり顔が無表情になっている。弟は、目の前で起きた光景が信じられていないようだった。

10秒の沈黙。

しかしその直後、そこにいた8人の目の前で信じられないことが起きた。16個の目が瞬時に涼子を凝視した。
涼子の目が…。

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