和佳子の場合 2

今から8ヶ月前、寛生の告白攻撃が始まってから毎朝必ずメールがあった。
「おはよう。今日こそ俺の愛を受け入れろよ」
こんな顔から火が出そうなくさいメールを毎日もらうのは、最初は嫌だったけど、その内そのわけの分からないメールを毎朝楽しみにしている自分がいた。恋愛とは、どちらかの愛が強すぎると、もう片方が逆に拒否反応を起こしてしまうという。私は拒否とまではいかなかったけど、ここまで熱く愛の言葉を言われ続けると、逆に意地になっちゃって、彼の愛の言葉を素直に受け入れられなかった。そうだよ、寛生が全部悪いんだからね。

その日は3限を寛生と一緒に授業を受ける予定だった。大学生の朝は遅い。3限始まりなら、私は11時までは絶対起きない。その日寛生は2限もあったから、朝のメールは9時半頃についていたみたい。いつものようにくさい言葉。
「おはよう。そろそろ俺の愛に気づいたころかな?」
はいはい、って感じで朝昼兼用のごはんを食べて、大学に向かった。

3限が始まるギリギリの時間に教室に駆け込み、寛生がどこに座っているか探した。大教室で思うように見つからないのでメールした。
「どこに座ってる?」
ブルブル、ブルブル、すぐに着信が来た。すっかり寛生だと思い込んでいたから、誰からの電話かは確認しないで電話に出た。 「あ、寛生?今どこにいる?」
「…あ、俺高田だけど…」
電話をかけてきたのは寛生じゃなくて、同じサークルの高田だった。丁度タイミングよくかかってきたから間違えてしまった。 「あ、なんだ高田かぁ。ごめん間違えちゃった。ね、今日寛生来てるよね?今教室で見つからなくって困ってるんだけどさ…」
「…和佳子?落ち着いてちゃんと今から言うことを聞けよ?」
「え、あ、何?」
「寛生がな、今朝交通事故に遭ったんだ。細かいことは後で話すから練馬駅前の○×病院に今から急いで来てくれ」
「えっ…」
和佳子は頭が真っ白になった。今朝メールもらったばっかりだったのに。交通事故って?寛生は無事なの?大怪我したの?それとも…。

和佳子は急いで大学を出て、急いで練馬駅に向かった。一刻も早く寛生のところへ。40分後和佳子は病院に着いた。入り口付近で高田が待っていた。
「あ!高田、寛生、寛生は?寛生は今どこにいるの?」
「和佳子、今寛生は手術中なんだ、ほらこっち!」
高田に連れられて、病院の奥の方にある手術室に走った。手術室の前についている「手術中」の看板は赤く光っていた。まだ寛生は手術中なのだ。
「寛生は?寛生は一体どうしたの?交通事故って…」
「どうやら朝学校に行く時、最寄駅に自転車で向かっている時にバイクとぶつかっちゃったみたいなんだ。俺寛生と2限一緒だからさ、普段遅刻しない寛生が授業が始まるギリギリまで全然現れないから、携帯に電話かけたんだよ。そしたら知らないおじさんが出てさ、鈴木君のお知り合いの方ですか、って聞かれたんだ。俺わけ分かんなくてさ、はあ?!って強い声で言っちゃったんだけど、どうやらそのおじさんはこの病院の救急治療室の人だったみたいでさ、寛生を救急車で運んだ後、寛生の携帯が鳴ったから出たらしいんだ。それでもし知り合いなら病院に来てくれって言われてさ」
「…で、寛生の状態はどのぐらいなの?や、やばいの?」
「…和佳子にはあんまり言いたくなかったけど、そうとう危険な状態らしい。俺、実はさ、もう医者からやばいかもしれないから、もし寛生の両親とか知ってるなら今すぐ呼んで下さいって言われたんだ。ま、俺すぐに連絡したけど、寛生のお父さんお母さんは栃木に住んでるからさすがにまだ向かってる途中みたいで…」
「そんな…」
和佳子は寛生が死にそうだという事実が受け入れられなかった。冗談じゃないかと思った。…思いたかった。寛生の手術が終わるまでの時間が異様に長く感じられた。でも、もう寛生は手術室から生きて帰って来なかった。

死因は頭部を強打したため。バイクとぶつかった時、おもいっきり道路に頭を打ち付けちゃったみたい。なんなの寛生…。昨日だってやたらくさいプロポーズしてきたじゃない。
和佳子は病院の椅子で、泣きながら昨日のことを思い出していた。

「なぁ和佳子、そろそろ俺の愛を受け入れてくれよ、俺はお前を誰よりも深く愛しているよ。海よりも深く君を愛す!っな?」
「クサっ。なんでそんなにクサイ言葉を次から次へと言えるわけ?本当呆れちゃうわよ。そろそろ諦めてさ、他の女の子狙った方がいいんじゃないの〜?2年のさ、早紀ちゃんとかどうよ?一部の噂で、寛生のファンだって聞いたよ?」
「え〜ホントに〜?始めて知った〜。どうしよっかな?早紀ちゃんかわいいもんな〜。ははは、やきもち焼いた?大丈夫安心してよ。俺はいつでも和佳子一筋だよ〜ん。早くあの指輪をしてくれる日をただひたすら待ってるよ!」

…何がひたすら待ってるよ、よ…。1日も待ってくれなかったじゃない。うそつき。昨日は早めに帰らないでもっともっと寛生と話しておけばよかった。寛生の前で指輪をはめてあげればよかった。もうちょっと寛生の愛に応えてあげればよかった。
和佳子の目からまた大粒な涙が落ちる。あれもこれも後悔ばかり。それから暫く和佳子には寛生との3年間の思い出がただただ思い出されていた。やめようと思っても、ただただ3年間の思い出が溢れ出てくる。
その日は全く寝られなかった。一晩中ずっと泣いていた。

寛生の御通夜もお葬式も和佳子には現実っぽくなかった。どこかで全部冗談だと思いたかった。黒い服に身をかためて、周りで大泣きしているサークルの仲間を眺めていた。和佳子は、寛生が死んだ当日泣き過ぎてしまったせいか、御通夜でも葬式でも涙が出なくなってた。思えばそこで少し自分の感情の何かが壊れてしまったのだと思う。

つづく

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